無言化社会の中で
私が、大学の研究室で仕事をしていると、学生が入ってきた。そして、黙ったまま突っ立っている。見ると、手に紙の束を持っている。
我正在大学的研究室里工作,有个学生进来了。然后就站在那儿什么也不让。我看到他,手里握着几张纸。
- 束[たば]
「レポートか。」
「はい。」
課していたレポートを提出してに来たのである。
「その机の上に置いていってください」
学生はレポートを置くと、ちょっと頭が下げて出ていった。
我问道:“是报告吗”
“是的”
原来他是来交课上布置的研究报告的学生。
“那就放在那个桌子上吧”
学生把报告放在桌子上,点了一下头就出去了。
- 課する:<他サ>征收、要求做
- 提出する:<名・他サ>提交
- 頭を下げる:<连语>低头、鞠躬行礼、屈服、认输
用事があって来たのは学生である。だから、学生の方から「レポートを提出しに来ました。」と用件をきちんと発言すべきだろう。それなのに、私からの話しかけを待って、用を足している。
有事情而来的是学生,所以说学生应该把事情讲清楚,应该说“我来交研究报告了”。然而学生却等我开口后才说话。
- 用事[ようじ]:事情、工作
- 用件[ようけん]:要紧的事情
- 話しかけ:<名>发话,搭话
私は、度々経験するこのような言葉のやりとりから、現在の社会と言葉について考えさせられた。
- 経験[けいけん]:<名・他サ>经历、经验
- やりとり:<名・他サ>交换、谈话、争论
現在の日本の社会は、無言化の方向をたどっているのではないだろうか。そして、その主な原因は、社会生活の機械化と都会化にあるのではないだろうか。
- たどる[辿る]:<他五>日益走向,走难走的路
昔は人がしていたことを、現在は機械がしていることが多い。駅に行って電車に乗ろうとする。切符を買うのは自動販売機からである。目的地までの運賃を確かめて、お金を入れ、ボタンを押すと、切符が出てくる。ものを言う必要はない。遊びも機械化してきた。テレビゲームやパソコンでゲームをして遊ぶ。相手が機械だから、もの言う必要はない。「しまった!」とか「やったぞ!」とかと言うことはあっても、独り言に過ぎない。
- 運賃[うんちん]:<名>运费、票价
- 確かめる:<他下一>弄清、查明
- ものを言う:<连语>说话、发挥作用
- 独り言[ひとりごと]:<名>自言自语
最近は、機械の無言性を補おうとして、自動販売機やカメラに、コンピューター で合成された音声で、「ありがとうございます」とが「フィルム が入っていません」などと言わせるようになった。しかし、人 はこれらの声に返事はしない。これらの声を無視することに慣れる と、機械だけでなく、人間が言う言葉に対しても答えない態度と持つ ようになるかもしれない。
- 補う[おぎなう]:<他五>补充、补偿
- 合成[ごうせい]:<名・他サ>合成
- 音声[おんせい]:<名>语音、声音
- 無視[むし]:<名・他サ>忽视、无视
- 慣れる[なれる]:<自下一>习以为常;亲密
また、都会の生活では、買い物をしにスーパーマーケットに行って も、必要な品物を選んでレジスター係に差し出すと、代金を計算して くれる。お金を払って品物を持って外に出る。多くの場合一言も ものを言わずに済む仕組みになっている。そのうえ、都会では出会う 人のほとんどが見知らぬ人てある。だから他人には無関心になり、 ものを言う機会がなくなってしまう。それどころか、都会に住んでい ると、他人は自分にとって邪魔な存在になる。ラッシュ時に電車に乗ろう とすると、他人のために自分が乗れなくなる。やっと乗った電車 の中では、あっちこっちへと押されてへとへとになる。電車を降りる と、大勢の他人は歩くのに邪魔である。こういう中では、見知らぬ他 人と親しくものを言うことがなく。
- 一言[ひとこと]:<名>一句话、只言片语
- 済む[すむ]:<自五>终了、结束;可以解决
- 見知らぬ:<连体>陌生
- へとへと:精疲力尽、非常疲倦
無言化と言っても、もちろん、日本人がいつも黙っている人間に なってしまうわけではない。事実、電車の中でも、友達と乗っていれ ば、いろいろと話をする。教室の中では話がはずんで、わいわいがや がやと騒々しくなる。昼間会った友達と、夜になってまた長電話をす ることさえあるだろう。
- わいわい:<副>(许多人)大声吵嚷
- がやがや:<副·自サ>喧嚣、吵吵嚷嚷
- 騒々しい:<形>嘈杂、吵闹
こうした言葉のやりとりには言葉の送り手と受け手とが互いに相手 について持っている知識や、その場の状況についての判断などが理解 を助ける。例えば、出合った友達同士が次のような言葉を交わすこ とがある。
- 送り手[おくりて]:寄件人、提供者
- 交わす[かわす]:<他五>交换、交互
「昨日、どうだった」
「ダメだった」
「次の日曜に行くよ」
「一緒に行こうか」
「それはいいな」
言葉だけでは、何のことか分からない。魚釣りが好きな二人が出会った。A君は、昨日の日曜日に魚釣りに行った。それを知っているB君に「昨日、どうだった」と尋ね、「ダメだった」という返事を聞いて、次の日曜日には自分が魚釣りに行くことを告げているのである。だが、このような簡単な表現で通じるのは、ごく限られた範囲の人に対してだけである。
私たちの社会は、言葉によるコミュニケーションによって支えられ ている。ここでいうコミュニケーションとは狭い範囲の限られた人 との会話を超えて、もっと広い範囲の人々との気持ちや考えの通じ合 いを意味している。この大切な、言葉によるコミュニケーションを成り立 たせる条件を考えてみると、次の三つを挙げることができる。
- 通じ合う:<名>互通、相互理解、相互领会
第一は、人と人との関係を温かい心で保ち、積極的に人に話しかけ ようとする態度と待つことである。学級会活動や生徒会活動やクラブ 活動などを通して、できるだけ多くの友達や先生と意見と交換し相 互理解と図ることもその一つである。また地域社会での福祉活動に 参加することも、その機会を与えてくれる。
- 保つ[たもつ]:<他五>保持、维持
- 積極的[せっきょくてき]:<形动>积极的
- 相互[そうご]:<名>相互、彼此
- 図る[はかる]:<他五>打算、计划、谋求
- 地域[ちいき]:地区
- 福祉[ふくし]:福利
第二は人から話しかけられたらそれを正しく理解し必要によっ て、的確に答えるという態度を持つことである。人から話しかけられ てもそれを拒否するようでは、コミュニケーションは成り立たない 意見や考えの異なる人の話にも耳を 傾 ける心が大切である。
- 的確[てっかく]:<名·形动>正确、确切
- 拒否[きょひ]:<名·形动>否决、拒绝
- 異なる[ことなる]:<自五>不同
第三は、自分の考えが他人に分かってもらえるように表現する能力を 身に付けることである。広い範囲の人々とコミュニケーションを行 おうとする時は、親しい者同士のおしゃべりのやり方では通用しな い。自分の表現能力が充分でなく、またそのことに気づかないでいる と、他人は自分を理解してくれないと誤解したり、世間は冷たいと思 いこんだりすることにもなる。言葉を適切に選び、筋道の通った話を 組み立てることによって、考えや気持ちを伝えるようにする努力が必 要になる。
- 身に付ける[みにつける]:<连>掌握、学会
- お喋り[おしゃべり]:<名·自サ>聊天
- 思い込む:<自五>深思,深信不疑、完全相相
- 筋道[すじみち]:<名>条理、道理
- 筋道を通る:<連語>有条理、合乎道理
- 組み立てる[くみたてる]:<他下一>组织、装配
現在の日本の社会に見られる機械化と都会化による無言化の方向 は、私たちからコミュニケーションの機会と経験を奪おうとしてい る。その認識の上に立って、ここに挙げた三つの条件を身に付けるよ うに積極的に取り組んでいくことが、この無言化社会の中で心と心 との通い合う豊かなコミュニケーションを回復させる道ではなかろ うか。
- 奪う[うばう]:<他五>抢夺、剥夺
- 通い合う[かよいあう]:<自五>心情相通、互相通晓